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女性誌の言うモテはほぼ嘘

 「女の子だもん、愛されなきゃ!」ってフレーズ、どんな人が考え付くんだろう。その目的は一体なんなんだろう。「愛される」は結果であって目的ではないです。女性誌が嫌なのは、本来は結果であるべきことを目的化して煽るから。それでもって、自分たちに都合のいい男の子たちの発言だけピックアップして「こんな女は愛されない!だから変わらなきゃ」って変化を強要してくる。

 目を二重にしなくても、完璧な化粧を覚えなくてもモテることはできるし、そうやって小手先のテクニックだけで愛されようとする根性って、暗に男性を舐めてかかってないか。清潔で、体型管理ができていて、人をダンピングせず笑顔を忘れなければ、だいたいの人から好かれます。それでも嫌ってくる人とは付き合わなければいい。始めから「愛される」を目指すと、それはいつしか媚びになってしまう。媚びるのがうまい女の子って、確かに男を使うのうまいんだけど、なんか「チヤホヤされる」ことはあっても「大事に愛される」ことはないのよね、うまく言えないけど。

 少し前に読んだ若い男の子向けの雑誌で「No.1モテ男」に輝いていた人、どう考えても獰猛なキラキラ女子からしかモテなそうで、こんなに髪型キメてる男なんて私やだ、という私みたいな女性の声は無視されるわけだけど、実際には自分みたいな女のほうが多いだろう。黒髪の清潔なショートが、私も周りもみんな好き。サイレントマジョリティの声をもっと聴け。あ、お金にならないのかな。そうだね、じゃあモテたい人は、髪も肌も財布も痛めて、頑張って痛い人になってね。

「家に帰ったら妻子がいなかった」後から父はそう語った

 「ある日、家に帰ったら妻子がいなかった」という、非常に特異な経験をしたのがうちの父だ。ある日なぜか、母、兄弟、私のみんなで家出して、それっきり母の実家に行って、しばらく父のいる家に戻らなかったのを覚えている。小さかったから詳しい事情は知らされなかったけれど、いつも夜遅く帰ってきて、時には酔っぱらっている、家庭を顧みない夫に母がキレた、というのが今思えばその理由だろう。

 どうしてそんなことになったんだろう?答えは簡単で、会社が父を家に帰さないからだ。夜遅く帰宅して、とりあえずカロリーの高いものを短時間で食べて布団に入る。そんな生活を繰り返して父は糖尿病になった。会社に病気にされたようなものだ。家のローンがあったから仕事を辞めるわけにはいかなかったろうし、転職すれば、また新入社員並みの低い給料からスタートするだけだから、ただでさえ楽じゃない生活を維持するために、仕事を手放すこともできなかった。その一方で家庭が壊れた、ということだったんだろう。

 要約すると、日本の労働環境と住宅ローン事情がひとりのお父さんを苦しめ家庭を崩壊させました、という話だ。幸い家族はもとに戻ったけど、父の健康も、私たち兄弟の健やかな日々も、その頃に失ったものは何も返ってこない。

さよなら、オリンピック

 近くにオリンピック称賛者が一人もいないんだけど、みんな東京オリンピックのことどう思ってるんだろう?『反東京オリンピック宣言』を読む限り、行政的にもいいことはなさそうだし、ボイコットしている選手の言うことだってもっともだと思うんだけど。

オリンピックでは、自分の荷造りすらさせてもらえない。あらゆるメディアを統制したいという理由から、ソーシャル・メディアですら使わせてもらえない国もあるようだ。スポンサーにも統制される。急にコカ・コーラマクドナルドを宣伝しなければいけないことになる。なんでこんなことに付き合わなければいけないのか、僕には理解できない。

テリエ・ハーコンセン

 ルールがコロコロ変わるのも理解できないし、四年に一回ってことになんでそんなにこだわるのかも理解できない。古代ギリシャに由来があるのは聞いたけど、それに全世界が付き合わなきゃならない理由は?

 やりたい人が勝手にやればいいのに、なんでスポンサーから市民から選手から何もかも巻き込んで「一丸となって」オリンピックやらなきゃならないんでしょうか。被災地にかける金はなくて、国立競技場にかける予算はあるってどう考えても論理がねじれてる。どのスポーツにも世界大会はあるんだから、それで十分だよ。オリンピックいらない。さよなら五輪。

欧米コンプ、でまとめるのは乱暴だよ


ジーン・ケリー「雨に唄えば」

 『チキチキ・バンバン』、『ポリス・アカデミー』、『雨に唄えば』、『風と共に去りぬ』……小さい頃に見ていた映画って、こんなんだったよ。『ミスタービーン』も『きかんしゃトーマス』も『ピングー』も大好きだった。それを「欧米コンプレックス」ってまとめたくないなあ。欧米のものを好きって言うと、欧米崇拝者みたいに笑われることがあるけど、だって面白いんだよ。

 もちろん、中学校で歴史を勉強したあたりで、人種差別とか植民地とかの話題で嫌な気分になったし、大学に入った時点で、使う機会がないからと英語は捨てた。少しだけドイツに留学して知ったことと言えば、日本国内で冴えない生活してる奴は海外でもそうだってこと、人の醜さはどこも変わらないってことだけだ。日本は天国じゃないけど、言葉は通じるし住みやすい。

 それでも、EUやアメリカは、食わず嫌いで生きるにはもったいない。確かに押しつけがましくて高慢なところはあるけど(東洋人をイエローって呼ぶのやめろよ、と思う。どう見てもベージュだから。あとアフリカ系の人たちはブラックっていうよりブラウンだから)、彼らの作るものと付き合う毎日は少なくとも、ちょっと楽しい。コンプレックスって笑われても、語学の勉強も趣味の洋楽も、きっとやめないだろうなあ。第一、奴らを見ないで「日本文化最高!」って生きていくのはむしろ損。

VRにかけている希望

 バーチャルリアリティが進んだ世の中なんだから、いつか仮想空間で、自分専用の美術館が作れたらいいなー。モナリザを置いて、上村松園を置いて、建物を突き抜けるようにダヴィデの像を置くんだー。

 VRが切り開く未来が良いものかどうか、よくわからない。でも、良くも悪くも人に新しい自由をもたらすのだから、その時に備えて何をしようか考えておくのも悪くない。

 まず、会社が導入して社員に「仮想帰宅」をさせる……これはお断りだ。家にいる家族とは、リアルで会って話したほうがいい。人と人とは、変な話、ムカついたら殴れる距離にいるのがいいと思う。デジタルの利点は、遠くの人とも繋がれることじゃなくて、いつでもぶった切れるところにある。例えば、ブロックすれば関わらなくて済むようになる、LINEやTwitterみたいに。生身の人間と会うことはそれだけリスクを冒していることになるけど、だからこそ、信頼できる人間だからリアルで会えるんだっていう事実を忘れずにいたい。

 第一、会社に泊まり込んで仮想帰宅っておかしい。普通、逆でしょ。仮想出勤だったら話はわかる。VRで出勤できれば、満員電車とも渋滞ともバイバイ。こっちなら、実現すればいいと思う。そうなったら、きっと人々は自分のアバターを作って出勤させることができるようになって、スーツを着る必要がなくなり、電車で化粧をする必要だってなくなる。

 なんて書いてたら、早くそういう未来が来ないかなーと待ち遠しい。

痴漢の思考回路を考える

 痴漢に遭った女性に対して「お前がそんな格好をしているから悪いんだ」「派手な服は男を誘っている」というのは定番の責め言葉だが、それっておかしくね?ベルギーで「セクシーな服を着ることは、性的暴力を容認することじゃない」として尻軽女行進っていうのがあったけど、その主張には全面的に同意する。そして、なぜそんな行進をわざわざしなくちゃならないのか、問題はそこだ。

 痴漢の思考回路はきっと「この女は露出が高い。男を誘っている。オレに触ってほしいんだ」なんだろう。一方の女性は、彼氏とか同僚とか、あるいはセクシーさを張り合う友人相手にその服を着ている。あるいは、ただ単にそういう格好が好きだから、憧れている歌手と同じ格好だから…etc、いろんな理由があるだろうけど、恐らく「お前のことなんか誘ってない」ってのは共通していると思う。その可能性を考えずして「この女はオレにアピールしている」と信じる、思い込みの強い人が性犯罪を犯す。

 だから、被害者側に「露出を控えろ!」というのは無駄だ。性的アピールなんて人によってツボが違う。清楚なロングワンピースに興奮する人だっているし、長ズボンを見て触りたいと思う人だっているんだから、どんな格好をしたってリスクがある。警察はもっと「彼女が誘っているのは、痴漢のあなたではありません」と、加害者側に釘を刺してほしい。「現実を見ましょう。彼女がそれをみせたい相手は、狙っているイケメンの同僚です」とか。

残念な「女性向け戦略」に共通すること

 残念な女性向け商品(女性向けに作られたのにさっぱり売れないもの)と、紀伊国屋書店の「本当は女子にこんな文庫を読んで欲しいのだ」フェアと。この二つ、まったく同じ構造で起きている問題だと思う。つまり

 

「女というものはオレたち(主語:企画を通すおっさんたち)に好かれたいはずだ」

        ↓

「オレたちはこういうものを持つ/読む女がいい」

        ↓

「オレたちに好かれたいならこれを買え!(これでマーケティング完璧!✨)」

 

 という思考回路だと思うのですが、いかがでしょうか。やたらダサいピンクの商品が横行するのも、女性がピンクが好きか否かではなくて

 

「オレたちはピンクを身に着けている女が好きだ」

        ↓

「女はオレたちに好かれたいはずだ」

        ↓

「だから女たちはピンクの商品を買うにきまっている!」

 

 とても雑ではあるけれど、恐らくそういうことだ。どちらも根底にあるのは「女の子は可愛いものが好きだ」という思い込みよりも「女どもは俺たちに好かれるために、可愛いものを持ちたいのだ」というおっさん視点だと思うのね。だからシックで上品な企画が仮にあって、女性の支持を得られるという計算が企画者の側にあったとしても「俺はこんなもの好きな女は嫌いだ」「女は俺に嫌われたくないはずだ」「よってこんなものは売れるはずがない」という三段論法で、おっさんが却下する。悲惨だ。