「私はあなたのこと、何も知らない気がする」

 そう、自分の話をしないのは、ただあなたを信じていないだけ。何故って、言ったところで

「私はあなたのことをこんなに知っている!」という馬鹿げた友達感覚、言葉を変えれば優越感に利用されるだけだから。

「あなたのことが知りたい!教えて!教えろ!」と強制してくる人間が、相手のことを考えているはずがない。それは、命令、身勝手な要求だ。喋りたいと思えば、私から話す。根掘り葉掘り聞いてくる人間は、残念だけど「要注意」「いつでも絶交可」というラベルを貼って分類するしかない。どんなにいい人であっても。逆に、「私は、この人のことをよく知らない」と思ったら、ただ単に信用されていないってことだ。

 そういう理屈を信じているから、警戒心の強い人が好きだ。彼らは信じるべき人間を慎重に選ぶ。付き合いが許されるということは、私が信用されていることだと思えて、嬉しくなる。誰にでも心を開く人は、相手が私でなくてもいいのだから、そういう人と親しくする必要は別にない。そんなことを、今「トモダチ」の一人を思い浮かべながら考えている。

 それにしても、「あなたのことをよく知らない」って一体何なんだろう。人柄がわかっていれば、それで十分なはずなのに、それよりも学歴とか、好きな俳優とか、プロフィール欄に文字で書けることじゃないと、「知っている」って言わないんだろうか。それとも、要は「弱みを握りたい」ということなのか。たぶん、そういうことだろう。そんな人と付き合っていた自分は馬鹿だけど、縁を切ったのは、最高に賢い選択だった。