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ぼっちですが何か

 単独行動をする理由は、複数人で行動したときに生まれるヒエラルキーが嫌だからだ。つるめばつるむほど、そこには上下関係が生まれていくのが当たり前。いつも上位に立てる人間なら、それでも楽しいだろう。けど、下位になって空気を窺いながら生きていくのは御免だ。そこまでして人と一緒にいるのは、ひとりぼっちでいるよりはるかに惨めで辛くないだろうか。そういう人は、何が面白くて集団行動するんだろう。

 学生の時は、食堂に一人でいて「ぼっち飯」の取材を受けそうになったり、グループでいる女の子の一人から奇異な目で見られたりしたけど、だから?あなたは席取りを任されて、パシられてるみたいだけど、それが悲しくならない?それでも、ぼっちを見下したい?

 一人でいられる強さというのが世の中にはあるのに、単独者を憐れむ人の思考回路って、どうなっているんだろう。「ぼっち」という言葉は、そもそも誰が考え出したんだろう。若者に外に出てお金を使ってほしい、マスコミの人たちかな。

 『すてきなひとりぼっち』は谷川俊太郎の作品で、茨木のり子は『一人は賑やか』と言う。茨木さんはさらに「一人でいるとき淋しいやつが 二人寄ったら なお淋しい」と一刀両断。つるんでいる人たちは、その寂しさをごまかさないほうがいいよ、と同情を含んだ気持ちになる。グループの下位に置かれる辛さはわかる。それくらいなら、そんな友達、自分から捨ててしまえよ。いらないものは、いらない。狭い世界で殴り合ってる暇があったら、競争を降りてしまえば心が楽になる。それは負けることじゃない。

 それにしても、「つるんでいるが故にカッコ悪い奴ら」を揶揄する言葉ってないの?「ぼっち」って言葉がある以上、それに対するカウンターもないと、フェアじゃないと思うんだけど。それでは都合の悪いことでもあるのだろうか。