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露悪を責めたりしない

 露悪的なところって、誰にでもあるんじゃないかと思う。「天使みたい」って言われたら、醜い部分を晒して相手を絶句させたくなるのは私だけではないはず。清楚とか清純とか、あなたが勝手に決めつけたことだから。それ、私じゃないから。

 性悪なところは、日頃は隠しおおせた方がいいに決まってる。ただ、思い違いをしている奴相手だと話は違ってくる。他に頼める人はいるくせに、わざわざ私のところまで来て「今日ペン持ってなくてぇ~、ボールペン、貸してもらえませんかああ~?」って言うのは別にいい。快く貸してあげるし、返ってきたペンは笑顔で受け取って……ゴミ箱に捨てます。当たり前だよ、頼みごとをするときに、目も合わせられないような、それでいてこっちを小馬鹿にしている(だから物を貸せとか言えるんであってね)奴の触ったものは、完全にアウトだよ。勘違い男が、それをわかってくれたらいいな、と思う。これは露悪的だよね。でも、悪いことでは全然ない。

 わざわざ人が嫌うことをするのは、ちゃんと目的があるのだ。趣味の悪い服で他人を驚かせるのが好きな人もいるし、自分の醜さを歌い上げることが快感な人だっている。女の人が、わざと男らしくがさつに振る舞ってみせたりするのも、相手の不快をわかって敢えてやっていることだ。私はあんたたちの思い通りになんかなりゃしないわよ、という反抗を示すために。ある人から見て「悪」なことも、ある人には立派な正義になりうる。悪は期待に対する裏切りであり、人を負の気分に陥れるけど、そうすることで相手の勝手な思い込みから自分を守れるんだったら、裏表の「裏」を見せることの、何が悪いんだ?