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『一汁一菜でよいという提案』について書かせてほしい

土井善晴『一汁一菜でよいという提案』

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 この著者のお父さんは、料理こそ愛情表現と考えて、家庭料理のハードルを上げた張本人なのだけれど、この人はもっとシンプルだ。お味噌汁になんでも入れていいし、あとの主食はご飯でもパンでもOK、という気楽さ。大事なのは作って食べさせることであって、上手い下手は関係ないってところがいい。

 それで思い出したのが、非行に走る若者の話。私が聞いた一例ではこんなのがあった。お母さんが、日曜日の夕方、出かけるからと言って千円置いて出て行く。お兄ちゃんは弟の手を引いてコンビニまで食べるものを買いに行き、テレビで「サザエさん」を見る。そうして「サザエさんが大嫌いだった。みんなで食卓を囲んでいるのを見るのが嫌だった」と言う。じゃあなんで見てるの。

 非行に走る人の中には、一定の割合でアンチ・サザエさんがいると聞いたことがある。みんな仲よしで、お母さんがご飯作ってくれるいい家庭だもんな。食事がおいしいかどうかよりも、一緒に食卓につくことのほうが大事だったりするよね。私も、母親が仕事で帰ってこないとき、もちろん家族の生活のために働いていると言え、寂しい思いをしたから、なんとなくわかる。これから共働きがもっと増えていくんだろうけど、子どもたちのためにも定時に帰れる世の中になればいい。夜になって親がいないのは、自分が見捨てられるみたいで、本当に不安になるんだよ。お味噌汁とご飯でいいから、みんなで一緒に食べられる家庭が、もっと当たり前になったらいい。