女の欲求について、もっと考えたほうがいいと思う理由

 電車内での化粧は、乗客の男性を異性として見ていない行為だから、男性から反発を招く。では逆に、女性が女性として扱われない場面はあるか、というと、これが結構ある。

 簡単なところでは、年齢による差別。年配の女性がお茶を出すと「いや~若い娘にやってほしかったなあ~」って言われたり、男性社員が若い女の子にばかり話しかけて、おばさん社員を放置とか。もっとストレートに「閉経ババアなんかもう女じゃねえから笑」って言ってしまう人も。

 あるいは、いわゆる「女子力が高い」子と、そうでない子との間に起こる差別。かわいい子が露骨にチヤホヤされて、地味な子が放っておかれる。この構図も、やっぱり差別だと言っていい。

 上の二つは、どっちも「女性なのに女として扱われていない」ことが問題で、電車内化粧問題が「男をオトコとして見てなくてマナー違反だ!」と言うなら、オマエらもババアとブスを差別するなよ。どんな女もオンナとして扱え。そこで初めて「平等」だ。

 男性が死ぬまで男なのと同じように、女性だって死ぬまで女なのだ。現役の異性として扱われたいし、そのプライドを傷つけられたら怒るのが普通だよ。で、そのあたりのことは作家の中村うさぎさんが『私という病』で赤裸々に書いておられるので興味のある人は読んでほしい。

 中年女性の性への欲求は、もう国を挙げて考えてもいんじゃないかって思う。だって、日本でそれを満たしきれないおばさんたちが韓国に走るのを私は見てきたから。他国に資本を奪われてどうする?日本はもっと、おばさんたちを女として満足させられるように頑張るべきだと思う。そうじゃないと、金が国外に流出する。冗談じゃなく、そういう時代なんだよ。