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頑張ることとブルーオーシャン

 我慢や忍耐、努力……そういうものが無条件に素晴らしいと思えるのは、無邪気でおめでたい人だけ、という気がする。私は、もともと決まった目標をクリアするための努力が苦手なタイプらしく「他人と同じものを手に入れるために、なんで努力とか我慢をしなきゃならないの?」なんて考えている。

 競争が激しく、一番になるために血の滲む努力が必要なのが「血の海」、レッドオーシャン。手つかずの新天地が「青い海」、ブルーオーシャン。どっちか選べって言われたら、私は「青い海」派。新しい場所を見つけるための努力ならするけど、もういい加減血まみれの場所で、もっと血まみれになりながら頑張るなんてことはできない。そこで成功したとしても、果たして報われるの?努力っていう言葉を、先の見えない苦痛だと捉える体育会系な人たちは、その頑張りの末に、どこに行きたいんだろう?「苦労して成功したオレ」みたいな美談?

 「頑張れ」っていう言葉は、もう目に見えているわかりやすい結果を出すためではなく、目に見えない新天地を探す人にこそ、向けられる言葉なんじゃないか。果たしてブルーオーシャンにたどり着けるかはわからないけれど、それを模索している人に幸運を祈る意味を込めて。先に戦場しかないような血の海を渡っていくために、頑張る必要なんてどこにもない……と思うのだけれど、実際にはひとつの基準の中で、ある常識の中で、結果を出せればそれでOKって信じている人が多い。そういう人々を見ている時の違和感ってうまく言葉にできない。とにかく、見たいのはそういう世界じゃないんだって思う。見たいのは、飽きるほどある成功者の型じゃなくて、真っ青な綺麗な海なんだと。