読み書きの能力

 普段は当たり前のように思っているけれど、読み書きができるって素晴らしい。それがなければ本を読むことができなかっただろうし、読書をしなかったら、人生は違うものになっていたと思う。特別「日本語話者に生まれてよかった!」とは感じないけど、母国語を主体にした教育がきちんと受けられる地域に生まれたことは、本当に幸運なことだ。

 言葉を使える人になりたい、と思う。時には沈黙も上手に使える人になりたい。自分では何も言わずにいて「それくらい察してよ!」と怒り出す人はいるけれど、そういう人は、要は言語能力が未熟なのでは。感情があるのは自然なことだけど、その感情を表現する手段は、学ばないと手に入らないわけで。「あうんの呼吸」とか「ツーカーの仲」っていうのは素敵だけれども、いつもそんな関係が築けるわけじゃない。むしろ築けないのが普通だから、そのつもりでいるのがベターだと思うのだ。

 「話が通じる人」っていうのは「相手の言葉をすくいあげるのがうまい人」なのであり、決して「何も言わなくても理解してくれる人」ではない。そこのところ、誤解してる人が多いよなあ……。逆に「話のうまい人」は、話題を提示するのが上手で、相手に言葉の裏を予想させるのがうまかったり、次の話題に綺麗につなげて、相手を混乱させない人。どちらかと言われたら、聞き上手で話の通じる人になりたい。でもって、求められたら自分の感情や意見をするりさらりと言語化できる人間でありたい。読み書き自体は教えてもらえるけど、それ以上のことは自分で手にするしかないからなあ。教育っていうのは、常にその一歩先に行くための踏み台であって、最終地点ではないのだ。当たり前だけど。