貧乏人の言い分

 大学生になったとき、初めてバイトをした。土日だけという気軽さだったけど、一個だけ身をもって知ったことがある。「休んだら一円も入って来ない」、これ。裕福な人の盲点なんだよね、ここ。

 小学校の頃、雪国に住んでいて、ある時「みんなで通学路の雪かきをします。参加してください」というおふれが出された。それを見た母は「子どもの通学路なんだから、子どもたちでやるんだろう」と考え、私を一人で送り出した。帰ってきて「他の家は、お父さんとかお母さんが来てた」と伝えると、母は仰天した。

 一体どうしてよ?あんたたちの歩くとこを、なんで親が雪かきするのよ?子どもは家で何してるのよ?

 私は「知らないよ、そんなこと」と言って終わった。その後、市役所だかどこだかのお偉いさんのお話があって、保護者はそこへの参加を推奨されていた。母は、学校のやることだからとパートの仕事を休んで行った。お偉いさんは「地域ぐるみのこういった活動は素晴らしい」と雪かき運動を褒めたが、ある女性が最後に意見して言うには

 「私たちは、時給いくらの仕事を休んでここに話を聞きにきてる。うちの息子は家でテレビを見ていて、私たちは仕事を休んでまで駆り出されて、お前の「ありがたい話」を聞く。これの何が素晴らしいって?何がしたいんだ、お前ら?(意訳)」

 とのことだったらしい。そう、固定給で働いている人には、わからないんだよね。時給で使われている側にとっては、連休なんて地獄だよ、一銭も入って来なくなるんだもん。お偉いさんはその意見を聞いて白けただろうけど、それが現実だ。貧乏人は、金持ちを楽しませるためにいるわけじゃない。貧しい者にも言い分はある。