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別に克服する必要のない苦手なこと

 勝ち負けのあるものがずっと苦手だった。ハラハラしたりドキドキするのは心臓に障った。世の中の「負けず嫌いになれよ!」オーラを出す人々とは、どう頑張っても相容れなかった。スポーツはとりわけ嫌いだった。はっきり勝ち負けがつくからだ。その中で、えげつなく戦略を考えたり、選手の優劣で妬みや僻みが生まれるのが、見ていられなかった。だから運動部には誘われても入らなかった。足は速かったし、運動能力は(習っていたバレエのおかげで)そこそこ高かったけれど、勝負事の世界に、好き好んで飛び込んでいきたくなかった。

 勝った時ですらハラハラしている、あの気持ちってわかってもらえるんだろうか?これでよかったんだろうか、運がよかっただけなんじゃないか……とかね、考えているともう全然楽しくないんです。「考え過ぎ」「自意識過剰」って言われるけど、治そうとして治るものじゃないのね、それ。考えてしまうものは仕方がないんだよ。習性なの。それを学校の先生から「もっとガッツを持てよ!」「なにお上品ぶってんだカス、死ね!(意訳)」「考えるな、感じるんだ!」とどやされるのはうんざりだった。考えることを否定する人間って、自分よりも頭のいい人間が憎くて仕方ないんだろうな。お気の毒に。

 小・中学校で否定されていた自分の性質は、別に治す必要なんてなかった。勝ち負けのはっきりする世界っていうのは、ルールにのっとっていさえすれば許される。点数が多いほうが勝者。単純でいい。でもそうじゃなくて、勝ち負けの基準がはっきりせず、むしろ人によって曖昧で、その中で自分にとっての「勝利」が一体なんなのかずっと考える、そういうゆらゆらしながら軸のある生活が理想だし、そこに向かって歩くだけ。そういう日々。