「家に帰ったら妻子がいなかった」後から父はそう語った

 「ある日、家に帰ったら妻子がいなかった」という、非常に特異な経験をしたのがうちの父だ。ある日なぜか、母、兄弟、私のみんなで家出して、それっきり母の実家に行って、しばらく父のいる家に戻らなかったのを覚えている。小さかったから詳しい事情は知らされなかったけれど、いつも夜遅く帰ってきて、時には酔っぱらっている、家庭を顧みない夫に母がキレた、というのが今思えばその理由だろう。

 どうしてそんなことになったんだろう?答えは簡単で、会社が父を家に帰さないからだ。夜遅く帰宅して、とりあえずカロリーの高いものを短時間で食べて布団に入る。そんな生活を繰り返して父は糖尿病になった。会社に病気にされたようなものだ。家のローンがあったから仕事を辞めるわけにはいかなかったろうし、転職すれば、また新入社員並みの低い給料からスタートするだけだから、ただでさえ楽じゃない生活を維持するために、仕事を手放すこともできなかった。その一方で家庭が壊れた、ということだったんだろう。

 要約すると、日本の労働環境と住宅ローン事情がひとりのお父さんを苦しめ家庭を崩壊させました、という話だ。幸い家族はもとに戻ったけど、父の健康も、私たち兄弟の健やかな日々も、その頃に失ったものは何も返ってこない。