何がしたい?って聞かないで

 何がしたいの?って聞かれるのが嫌いだ。語学を勉強してると「それで何がしたいの?」と言われる。これからのことをぼんやり考えていると「それでどうしたいの?」と言われる。どうしたいもこうしたいもないよ、なんとなく生きてなんとなく幸せになりたいんだわー

 世の中の人はみんな、そんな明確にどうしたいこうしたいって決まっているの?暇を持て余す暇のない人生なんてそれは楽しいの?楽しいなら別にいいけど、誰もが積極的に生きて生活しているわけじゃない。消極派の生に、もっと理解を示してくれてもいいのに。ドイツ語を勉強するのは、それが単純に楽しいからで、何の役に立てるためでもないし、夏目漱石を読むのは作家になるためじゃない。だから「それを使って何をするの?(もっとその先に目標があるんでしょ?)」みたいな質問は、戸棚の奥にしまってほしい。

 自分は何かを積極的に決定するっていうのが苦手で、たとえば服なんて着られればいいと思っている時に「青がいい?白がいい?デザインはどっちがいい?」と言われると、選ぶのが面倒なあまりに「もういらない」となる。そういうときに「着たいものあるでしょう?ねえ、あなたはどうしたいの?」って言われるうっとうしさ。

 それにしても、逐一「それが何の役に立つの?」って言う人、どんな人生送ってるんだろう。役に立つ配偶者、役に立つ趣味、役に立つ睡眠、有意義な自由時間。そんなものを強いてくる社会、本当にくそくらえだから。