カルト村じゃないけど

 カルト村で生まれ育った人の漫画エッセイが本屋にあった。うちは、カルトではないけど両親の信条が独特で、他人と(たぶんあまりよくない意味で)違うところがいくつかあった。兄弟も私も平成生まれだけど、家にはゲーム機ひとつなかったから、私は「ポケモン」も「太鼓の達人」も「マリオ」もやったことがない。プレイステーションの使い方はわからないし、カードゲームすらしたことがない。学校で遊戯王が流行っていたときもあったけど、うちの家族には何も関係がなかった。

 「流行りに乗るなんていうのはバカのやることだ」という父親の信念と「反自然的なものは有害だから駄目」という母親の信念のコラボのために、テレビやゲームにはほとんど接することがなく、流行の話題に乗れない子どもだった。さらには「物は大切に使いなさい」「まだ使える物を買うのは愚かなこと」という古き良き教育により、新しい物はほとんど買ってもらえなかった。服はお下がりのダサいやつばかりだったから、見かねた友達が「そのファッションセンスなんとかしたほうがいいよ」と言ってくれた。

 でも、そこで「そうだね。私も新しい服バンバン買っておしゃれする!」と言ってしまったら、今までの我慢が水の泡だから「お前は資本主義に乗せられてろよ、正しいのは私!」みたいに思い込んで頑張ってた。うすうす自分が間違っていると思っても、信じてきたことを否定するって辛いことだから。

 人間なんて、多かれ少なかれ誰でも何かに洗脳されてる。世の中にあるのはよりよき洗脳か、より悪しき洗脳かの二種類しかない。カルト村は別に特別じゃない。誰にだって(規模は違えど)ある話だ。自分が受けてきた影響の善悪を自分で判断し、有用なものを拾い、不要なものを捨て、そういう作業を人生通してやっていくしかないんだろう。