語感の重要性

 「安室奈美恵」がかっこいいお姉さんであると知ったのは、中学校の後半だった。なにせ流行には疎く、スマップのメンバーだって全員言えないくらいだったから、歌手の名前なんていうのは推して知るべしである。「アムロナミエ」という音から私が想像していた人物像は、以下のようなものである。

・アフロヘアで(「アムロ」という語感から連想)

・太っていて(なぜそう思ったのかは不明)

・男性のお笑い芸人で(アムロ・ナミエという語感がふざけて聞こえたので)

・アロハシャツを着ている(ついでにサングラス)

 芸能人だという以外に手がかりが与えられなかったことと、アムロという苗字が珍しいのとで、思い描いたアムロさんは、実際の安室さんからは程遠かった。彼女が飲料水の広告に出ているのを見て

「かっこいいお姉さんだね」

安室奈美恵だもん」

という会話を母親としたときは、一瞬フリーズしてしまった。私の思い描いたお笑い芸人がこの世に存在しないことが発覚して、なんだか旧知の友を失ったような気分だった。

 語感は大事だ。トヨタの「ソアラ」が売れて、日産の「レパード」が売れなかったのだって、語感のせいだって誰かが言ってた。「レパード」はなんかかっこつけてそうだけど「そあら」は言いやすいじゃないか。安室奈美恵が「たちばな・あい」とかいう芸名だったら、私だって架空のおじさんを作り出さずに済んだ。「言葉には意味がある」は『広辞苑』のキャッチコピーだけど、「言葉には音がある」と語感の重要性を掲げたくなる。