いま抱えている違和感

 詩人の石垣りんのエピソード。自分の詩が試験に使われたときに「作者が表現しようとしたことは次のどれか」という【選択肢形式の】問題が作られ、本人もその答えがわからなかった。そのときのコメントが

「洋服でも着物でも、昔は自分で作っていましたよね。いまはみんな、買う、つまり選ぶんです。答えも選ぶ、書くのではなく」

 いま社会に漠然と感じている違和感を言葉にするなら、そういうことだと思う。個性を表現する手段が「自分で作ること」から「消費」に取って代わられている。「何を買うか」「何を選ぶか」が重要になって、自力で何か作るっていう発想が、そもそもない。選んだものや貼ってあるラベルを見て、いいとか悪いとか言ってる、それが変だ。

 例えば「スタバの新作を写真に撮ってSNSにアップする」なんて、なんの独創性もなくてもできる。努力も才能も必要ない。それなのに「いいね!」を押す人がいる。なんで?

 シャネルのバッグだって、金で買える物だ。シュウウエムラの化粧品も、ルイヴィトンの財布も。それらを持っている人は、ただ単に「それを持っている人」だ。それはアイコンであって、その人について何も語らない。むしろ、そういう人って没個性的に見える。消費でしか自己表現できない、みたいな。

 じゃあどんな世の中ならいいんだって聞かれても、よくわからない。でも今のままじゃなんかおかしいよねって言うだけ。