太宰治の(個人的に思う)魅力

 『人間失格』は読んで、ふと思い出す場面はあるけど、じゃあ印象に残る、自分にとって大切な作品か、と言われるとそうじゃない。太宰の魅力は小説よりも(あるいは小説と同じくらい)箴言にあると思う。好きなのは以下の二つ。

日本には「誠」という倫理はあっても、「純真」なんて概念はなかった。人が「純真」と銘打っているものの姿を見ると、たいてい演技だ。演技でなければ、阿保である。(『もの思う葦』から「純真」)

はにかみを忘れた国は、文明国ではない。(同じく「返事」から)

 二つ目のほうは、戦後に書かれたもので、日本に対する辛辣な提言という文脈だったと理解してる。「はにかみ」、照れとか恥じらいとか、そんな感じかな。それが人間らしさであって、なりふり構わず損得利害に奔走するのは野蛮である、という一文。

 しかし最初の「純真」もすごく価値のある文章で、あらゆる「純真」は嘘っぽい。人々の口に合うようアレンジされた、純粋さの俗っぽい偽物でしかない。本物のピュアっていうのは、神々しくて近寄り難く、時には損得を考えないあまり馬鹿に見えたりするものだ。俗世間にも受け入れられるような「純真」に、この作家は価値を見出せなかった。そうだろうな。太宰は「普通の人々の醜さ」を書かせて天下一品だと思うけど、そういう人は「綺麗に見せかけた何かが持つ嘘」に、とても敏感なのだ。

 本物っていうのは、純度が高いだけにときどき厄介で、厄介さのないものなんていうのは、たいてい偽物でしかない。でも人々は、手間をかけずに愛せるものを求めて、時として偽物を掴まされる。例えば、本当に天然な人は、時として場違いな発言で周囲を凍らせるけど、天然を装う人はそんなヘマはしない。誰も本当は自然なんて愛していなくて、自然に見える(厄介さを排除した)ものを愛している。そういう欺瞞に気づかされる。