最近、怖いこと

 ツイッターの短文や一枚の画像で笑うことが増えてるけど、時々怖くなる。長いストーリーのあるものやあらすじを追って行くようなものは、小説はおろか漫画すら読まなくなって、一瞬で訴えかけてくる表現ばかりに晒されている気がする。

 漫画を読ませない親をどう思うか、っていう話題をたまに見かけるけど、なんでもいいから活字に触れる機会があるなら、それを奪うのはよくない。漫画すら読めない子どもが、本を読むわけがない。言語能力は使わないと衰えていく。喋りもそうだし、読み書きならなおさらだ。ブログでもゲームでもいいから、言葉に触れていないと語彙が増えないどころか減っていくこともありうる。人は忘れる生き物だから、私だって高校の頃に習った英単語で、いま思い出せないものなんかいくらでもある。だって使わないから忘れる。

 英語ならいいけど、生活に使っている日本語の語彙が、知らない内に消えていくのは静かな恐怖だ。漢字の書き取りに追われないのはいいけど、漢語を書けなくなっていくのはいただけない。黙っていてもインプットがあった学生の頃とは違って、新しいことは意識して掴みに行って、能力を自分で維持してくのが大人なんだなあと思って少し恐ろしくなる。いつまでも若々しい人って、あれは努力と行動力の賜物なのか。自分はそんな風になれるんだろうか。この薄ら寒い恐怖、薄氷の上にいる気分だ。