生活の核はやっぱり大事

 本当に憧れていたのは、SNS映えする生活なんかじゃなくて、中身のある質の高い生活だったんでしょう?って言ってわかってもらえるんだろうか。例えば、カフェっていうのはわざわざ行くところじゃないと私は思っていて、そこに行ったことが自慢になるというより、近くに用事がある時にふいっと寄って、そこのコーヒーがおいしかったらちょっと幸せ、くらいの話で、そこを目的にするのはちょっと違うかな、と。まず基本になる生活があって、そこに付随してくるのが娯楽や贅沢であって、それは決してメインにはならない。

 仕事柄、婚活する女性を多く見るのだけれど、表面的すぎて不安になる。求める条件は年収いくら以上、モテメイクはこれ、あるいは小手先の会話技術……そんなことより、食事した後に食器を下げる人か否か、のほうがずっと重要なんじゃないかい?テーブルマナーも知らないのに、リッチな男性を掴む気かい?それ以上に男の方も、女に知性は必要ないと思ってるのかな?IQが離れていると会話が成り立たない、っていうのは本当だけど、その既製品みたいなテクニック彼女は、ホントに配偶者に相応しい?

 人の本質なんてなかなか見抜けない、と言うけれど、そんなことはない。品のある人は一瞬でわかるし、逆も同じだ。直観の世界にハリボテは通用しない。「メイン」の生活が荒れていて外面ばかりいい人っていうのは、詐欺師には向いていても配偶者には向いてない。