意味のある、って言うけど

 意味のある人生を生きたいって思うんだったら、まず周囲にある意味に気づくことが大事なんじゃないか。時計の針はただの針だけど、文字盤と組み合わさって時間を指し示す。ナイフとフォークを並べて置けば、人によってはそれは「単に並んでいる」だけど、わかる人にしてみれば「食事が終わったサイン」だ。何が、何を示しているのか。それがわかるだけで世の中のあらゆる風景は違って見える。世界は意味に満ちている。こんな風に「意味」のある世界を生きられるのはきっと人間だけだ。

 「意味」「意義」っていうのは、人によってこれほど多様なのに、世の中の人々の言う「有意義な」って、だいたい「金になる」と同義だったりするから、あんまり信用しない。一番嫌いなのは「ありとあらゆる時間を有意義に使いましょう、それができる大人」みたいな煽り方だ。有意義の基準は一体なんなのかな……。あなたが努力することで「私が」報われます!って人があまりに多くて、要は自分に都合のいいことを、意味ある努力として褒め称えるわけだよね。そんな罠はまりたくない。

 意味がある、っていうのは、徹頭徹尾「私にとってそうである」でいい。他人に決めてもらうじゃない。人から「そんなことしても無意味」と言われても、自分にとって有意義でさえあれば、どんな無益なことだって続けるよ。いま文章を書いてるみたいに。