効率は大事。でも

 若い頃のエジソンは、仕事をサボって寝ていたいがために、簡単な機械を作って仕事をさせていた。そういう効率の良さにつながるなら、サボりたいって思うこと自体は何も悪くない。むしろ、どんどん効率化して寝る時間を増やすべきだとすら思う。無駄な努力ほど悲しいことってこの世にないし、それが無駄かどうか見極めるのが知性であり理性でなのだから、それらを養うためにも教育は必要なのだ。学校で無駄な我慢を教えているようじゃ、なんのための教育かわからない。頑張った人じゃなく、結果を出した人間を褒めるよ、私は。

 ただ、効率を最大化するのがちょっと怖いな、と思った事例が最近あって、それは安楽死の合法化だ。合法化それ自体には賛成だし、いたずらな延命治療は本人を苦しめるだけと考えているけれど、これって「人の死がコントロールできるようになる」っていうことでしょう?ひょっとしたら政府が「年金受給者を減らすために安楽死志願者を募ります」なんて言い出しかねない。戦争とは違う意味で「お国のために死ぬ」圧力をかけられるようになるんじゃないかって不安。「年寄りは年金食いつぶすだけだから死ね」って国が言うの。あるいは「働かない人間は安楽死せよ」と不謹慎なことを言う輩も出てくるかもしれない。

 人間の生き死にだけは、効率だけで捉えたらまずいんちゃうかなあ……。人文学の人たちは「君らの学問は金にならない」って視線に負けず、そういうことをもっと考えておくれよ。