「成長」って本来は楽しいものだったはず

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 19世紀の美術、絵画、文学分野の人々をたどる人生ゲームがあったらいいなーと思って試作。ランボー誕生(1854年)もここらへんに入れるべきかもしれない。実在の人物の足跡を辿るゲームはもっと多様化していいんじゃないか。誰かの生き様を追体験するって結構楽しいと思う。

 

 マリア・モンテッソーリの育児理論を読んでいるけど「成長」って、もともと楽しいものだったはずなんだよなー。自分の力で何かできるようになるのは達成感があって、それが私たちを大人にしてきたはずなんだ。それなのに今この言葉を聞くと、誰かのために無理くり体を引っ張って伸ばされるような響きがする。「経済成長のための個人のスキルアップ」なんて、もううんざりだよ。国のため誰かのために自分を向上させるなんてのっけからズレてる。

 サーカスの象理論っていうのがあって、小さい頃に無理だと思いこんだことを大人になってもできないっていう現象なんだけど、人間でもよくある話です。そういう自己肯定感の低さが本人の本当の、健全な成長を阻害する。「私がそんなことしたところでどうせ」とやる前から言うようになる。やる前はできなくて当たり前でしょ。今まで誰に何を言われて育ってきたか知らないけど、大人になるってことは誰の言い分にも左右されなくていいってことだったはずだよ。

 童心に帰るって大事なことだ。何か新しい自分になる、みたいなの、本当に楽しかったよね。