愛情表現を学ぶということ

 家族のものを勝手に捨てるテレビ番組があったらしい。ツイッターで話題になっていたからなんとなく知った。別にお互いに憎みあっているわけではないだろうけど、私の思う家族像に照らし合わせると、その人たちはなんだか不気味だ。愛情表現っていうのがどういうことかを教えられずに大きくなってしまった、「欠点を欠点と気づくことのできない」人間の匂いがする。

 好意を表すっていうのは実は訓練の必要なことで、いきなりできるようにはならない。誰かに大切にしてもらって初めて、人を大事にする方法がわかる。虐待された人が、その子どもをまた虐待してしまうのは、それ以外に愛する方法を知らないから、かもしれない。抱きしめること、笑いかけること、アイコンタクトを取ることで「あなたに気づいています、好意があります」と伝えることができる。そういうことは、知らずに育てば一生知らないままだ。

 「本人を大切にする」のは、愛の最初の段階。家族ならもう一段階上の愛情で結ばれていていい、と私は思う。「相手の大事なものを大事にすること」だ。結婚すれば、相手の両親、親戚、友人らが自分の視界に入ってくる。彼らを大事にするか、少なくとも粗末には扱わないようにすること、特に友人の悪口を避けること。そして、自分にとってどうでもよくても、相手にとって価値のあるものは少なくても捨てたりしないこと。そのあたりが、配偶者を持って家族を成すときの常識だと思うのだけれど。

 自分は既婚者ではないから大きなことは言えないけれど、相手の好きなものを尊重できないようなら、結婚なんてたぶん、しなくていいと思うよ。それともその人にとって家族は、自分のためにだけあるものだったんだろうか。夫は金を稼ぐ機械じゃないし、子どもは飾りじゃないし、妻は家事ロボットじゃない。そういうことを、いちいち言わなきゃいけないの?