流行に乗れない

 普通の人が怖い。男の人で言うなら、遊戯王ポケモン太鼓の達人を一通り経験していて、ついでに虫キングも知っていて「ボ」しか言わないタイトルのギャグ漫画とかデンジャラスじーさん(綴りがあっているかはわからない)にハマっていたような人。女の人なら「カードキャプターさくら」「明日のナージャ」「きらりん☆レボリューション」に始まって、ミニモニやジャニーズに詳しかったような人。世代用語を連発してしまったけど、私はそのどれもよく知らなくて、触れてはみたものの面白さがよくわからずに仲間外れになり、不思議ちゃんとして扱われて、いじめられこそしなかったものの、娯楽トークができない同級生として完全に周囲から浮いていた。今でも、これ系の話題が出ると、聞きかじった知識で話で合わせながら、心の中で冷や汗をかき、ため息をつく。

 流行がこんなに力を持つのは、それがリアルタイムで提供されるからだ。石原さとみよりマリリン・モンローのほうがいくら魅力的でも、一方は生きていて流動性を持ち、他方はもう確固たるイメージが崩れることがなく、変化を見せない。だからどんなに魅力がなくても「同時代性」っていう項目があるだけで、生きてるものはとても有利なのだ。それはコンテンツも同じ。

 ……ということがそれだけわかっていても、よさがわからないものはわからない。本名ノーマ・ジーン、記者への受け答えも上手だったマリリンや、ボブ・ディランを「惨めなクソ野郎」と言いながら、自身は遂に日の目を見ることのなかったカレン・ダルトン、時代がまったく違う人々の、それでも尽きない魅力があるって、どうしたらわかってもらえるんでしょうかね。