余裕ってこういうこと

 紅茶を飲むなら茶器も綺麗なほうがいい。そういうわけで、前々から欲しかったカップ&ソーサーを買った。日本製(ノリタケ)のホワイト・パレスという柄で、白地に金箔をあしらった上品な器なのである。慣れない人は相場がさっぱりわからないと思うが、これでも五千円というところ。つまり、手の届かない額じゃない。百均よりは遥かに高いけれど、欲しければ買える。

 夕食をつくる時に、鶏肉を茹でながら野菜を炒めながら、平均台よりも少し太いくらいの棚の上にこれを置いて紅茶を飲んだ。お世辞にも優雅なんて言えない(なにせ夕飯を作る最中)なかで、金色が白地に映えるカップを見ると、それだけで少し気持ちに余裕が出る。そういうことなのだ。求めていたのは、ただ何かを飲める器じゃなくて、目にしたときにふと眉間が緩むような、そういう綺麗な何か。もっとも、そういう質を理解できるようになるには投資が必要で、時間もお金もかかる。それらの手間暇も含めての「豊かさ」が、最近なおざりにされている気がする。

 愚痴っていても仕方がないから、次はおかずを入れる食器のことを考えている。漆もいいかもしれないし、陶器も見てみたい。そういえば胎陶漆器なるものも登場しているんですってね。ボディが陶器で、それに漆を塗るやつ。今後の精神の安らぎのために購入を検討しようと思います。