分断されている

 「国民的○○」っていうのは、結局テレビを見る層に向けて語られる言葉に過ぎない気がする。テレビを見ない人には全然わからないから、どこが国民的なのかわからないっていう、実態の空虚さ。それでもテレビの影響力は大きいし、それに代わるメディアもない。なんだかそれがもどかしいなあと思って。

 国をひとつにまとめ上げる力のある媒体は、もう存在しないと思っている。新聞にしろテレビにしろ、それを見ない・読まない層が一定数いる以上は、人々の思想をひとつにはできない。そうやって多様性が確保されるのはいいことだ。どんな媒体を使おうが自由だし、ネットさえあればそもそも日本の流行を無視することだってできる。ただ、メディアの細分化に伴って、もう本当の意味での「国民的女優」とか「国民的スター」が出てこないんだと思うと、それはなんか悲しいな。

 いつだったか読んだ本で「オリジナルのメディアを作ろう」というのがあった。自分たちのコミュニティのことだけを話題にする、小さな共同体にだけ通用するメディア。こういうものが増えていくのかもしれない。

 ネットの世界は広いなんて言うけど、ツイッターもインスタグラムも、趣味の合う人同士の小さなコミュニティが出来上がっているに過ぎない。こうやって分断されて、隣り合わせの世界に住んでいる人とも話が通じなくなっている。支配の原理の一つは「分断して統治しろ」だっけ。誰とでも繋がれるはずのネットは、皮肉にも、同じ価値観の人たちが集まる小さなムラを無数に作っただけ。

 思想や流行を統一しようとするテレビは嫌いだけど、ひょっとしてネットはそれより悪いかもしれない。