メルシーベビーの日常ブログ

美容、音楽、趣味のブログ。生きやすくなるヒントも書いていきます。

『高砂』鑑賞――伝統の価値

二三年前宝生の舞台で高砂を見た事がある。その時これはうつくしい活人画だと思った。箒を担いだ爺さんが橋懸りを五六歩来て、そろりと後向になって、婆さんと向かい合う。その向かい合うた姿勢が今でも眼につく。余の席からは婆さんの顔が殆ど真むきに見えたから、ああうつくしいと思った時に、その表情はぴしゃりと心のカメラへ焼き付いてしまった。

夏目漱石草枕

 

 能の『高砂』を見てきた。夏目漱石のこの文章はずっと心に残っていて、いつか見るなら高砂だと決めていたのだ。

 残念ながら、自分の席から婆さんの顔は見えなかった。向かい合った老夫婦の姿勢がそれほど印象的だったわけでもなかった。でも、夏目漱石も見た演目を見ることはできた。『草枕』のこの場面が何を言っているかも少しわかった。それだけで十分だ。

 伝統の価値って、そういうところにあるんだと思う。昔々の人と何かを共有できる。あのシーンってこうだよね、そうそう、という、いま現代に生きている人と交わすような会話を、時空を隔てた人とも話せる気がする。それは同じ演目が演じられ続けることの最大の恩恵だと思うのだ。