メルシーベビーの日常ブログ

美容、音楽、趣味のブログ。生きやすくなるヒントも書いていきます。

欠けたままで完全である

世間ではよく「いじめられていたけど、いじめっ子たちを見返してやりたくて努力した」とか「振ったことを元カレに後悔させたくて綺麗になった」とか、マイナスをプラスに変える努力がもてはやされる。

劣等感をバネにして「見返してやる!」と頑張ることは別に悪くないと思う。けど、長続きしないし苦しいよなと感じるのです。

自分に何かが足りてないって感情は、どこから来るんだろう。自分はそのつど、常に完全に自分なはずなのに。足りてない、努力して埋めなきゃって劣等感を駆り立てて、いつも鞭打たれながら走るのは辛い。

三日月と満月があるとして、そのどっちが完璧だというんだろう?三日月は完璧な三日月であって、欠けている満月じゃない。同じことだ。私はいつも私として完全で、何も不足してなければ過剰でもない。今の私は、理想が欠けたマイナスの私じゃない。これで100%。

敢えて何かを埋めようと努力することはないだと思う。埋めようとするその心が、既に何かが足りないと言っている。そうじゃなくて。もう100%なんだっていうこと。どこも欠けていないこれが私なのだということ。

世間的には、どれが正解とか不正解とかあるにしても、それは個人の完全さにはまるで関係がないのだ。